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定年まで勤務の声Hさん1951年生まれ高卒
入社直後は同期みんな同じ給料だったが、2年目からは差がついた彼は勿論そのトップであった。
もともと技術畑一筋で営業経験はない。
遺産分けで親からもらった畑に若くして家を建てた。その家から勤務先まではかなり遠い距離だったが転勤など考えてなかっただろう。
同期が次々と転勤していく中でもなかなか転勤することはなかった。それは、そのときの責任者が彼を手放したくなかったからに違いない。
そんな彼にも転機がおとずれて他県へ転勤となった。入社から20年くらい経っていただろうか。
当時の彼としては数年すればまた地元に帰れると思っていたと思う。 しかし、2度と地元へ帰ることはなかった。
まだ定年までは数年残っているが在職中は帰れないだろう。
なぜなら、彼の転勤は出世街道のスタートラインだったからだ。
転勤して数年経つとその事業所の責任者に抜擢された。なぜならその事業所の次の責任者候補が責任者になることを固辞したため送り込まれたのだった。
そんなことは本人知る由もなしであった。 その後、先輩を飛び越し、地域責任者も飛び越し、地区のナンバー2になりトップが定年になるとそのあとを引き継ぎトップとなった。
同期にも先輩にもそんなに出世した人はいない。 自分はそんなに出世するとは想定していなかった。出世欲など持ち合わせていないし、コツコツ真面目に仕事するタイプだった。
始めての単身赴任中は、朝早くから夜遅くまで会社にいて休日もほとんど会社にいた。 自宅は寝るだけ。そして日曜の午前中だけ思い切り寝溜する。
午後からはまた会社に行くのだ・・・
自分の意思だけで・・・。
苦労して建てた自分の家もほとんど自分が住むことはなかったのだ。 出世したから収入は何倍にも増えたが、質素な生活をしている。
仕事漬けの生活であったため子供たちと遊びに行くこともほとんどなし。
子供たちは自由に世界に飛び出してまった。 そして金銭的にも自分がかなり負担することになってしまった。
団塊の世代の兄を持ち、先輩をもち、その背中をみて育ってきた年代。 がむしゃらに働く人と仕事は割り切ってマイホームパパを貫く人 このころから分かれてきたように思う。
どちらが自分にとって、また、家族にとって幸せなのかは、自分がどう思うかだけのことなのでしょうか。
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